2026年現在、コント赤信号の小宮孝泰(こみや・たかやす)は、70歳を迎えても俳優、舞台、落語など幅広い分野で活動を続けている。渡辺正行、ラサール石井と結成したお笑いトリオで1980年代に人気を集め、MCハマーのパロディー「MCコミヤ」でも知られた人物だ。現在はコント芸人としての経験を生かしながら、舞台俳優として独自のキャリアを築いている。
2026年の大きな話題は、1994年から続く演劇シリーズの新作『星屑の町~忘却篇』だ。小宮は主人公・山田修を演じ、東京公演から大阪、宮城、岩手、北海道へと続く全国公演に参加している。さらに2027年2月には東京・本多劇場での凱旋公演も決定した。コント赤信号の結成秘話から現在の活動まで、その歩みを整理する。
【プロフィール】小宮孝泰は70歳!現在の活動と俳優としての経歴

小宮孝泰は、お笑い芸人として知られる一方、長年にわたって舞台や映像作品に出演してきた俳優でもある。
日本タレント名鑑や小田原市の公式紹介などから、基本プロフィールを整理すると次のようになる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小宮孝泰 |
| 読み方 | こみや・たかやす |
| 生年月日 | 1956年3月11日 |
| 2026年11月現在 | 70歳 |
| 出身地 | 神奈川県小田原市 |
| 職業 | 俳優・タレント・コメディアン |
| 所属グループ | コント赤信号 |
| 主な活動分野 | テレビ・映画・舞台・落語 |
| 代表的な舞台 | 星屑の町シリーズ |
| 主催する落語会 | ごらく亭 |
出典:日本タレント名鑑、小田原市公式プロフィール。
小宮は明治大学の落語研究会に所属していた。学生時代から落語や演劇に親しみ、後に俳優を志すようになる。
興味深いのは、もともと落語家を目指していたわけではない点だ。
テレビ朝日系のインタビューでは、井上ひさしの作品に親しんだことが演劇への関心につながり、劇団テアトル・エコーの養成所に入った経緯を語っている。
つまり、小宮の芸能活動は最初から「お笑い一本」だったわけではない。落語、演劇、コントという複数の表現に関心を持っていたことが、その後の多彩なキャリアにつながっている。
2026年現在は何をしている?現在の小宮は、舞台を重要な活動の柱としている。
特に注目されるのが、1994年に始まった演劇ユニット「星屑の会」の活動だ。
また、映画やテレビドラマにも出演してきた。代表的な出演作品には、次のようなものがある。
- NHK大河ドラマ『炎立つ』
- テレビ朝日系『相棒』
- NHK大河ドラマ『西郷どん』
- 映画『釣りキチ三平』
- 映画『星屑の町』
- Netflix『全裸監督 シーズン2』
俳優としては、主役だけに限定せず、物語を支える人物や個性のある脇役まで幅広く演じてきた。
小田原市の公式プロフィールでも俳優として紹介されており、地元との文化交流や舞台活動の実績も記録されている。
【結成秘話】渡辺正行・ラサール石井とコント赤信号を結成した経緯
コント赤信号は、小宮孝泰、渡辺正行、ラサール石井の3人で構成されるコントグループだ。
3人の出会いには、明治大学の落語研究会と劇団テアトル・エコーの養成所が関係している。
小宮孝泰と渡辺正行は明治大学の同期小宮と渡辺は、明治大学の落語研究会で知り合った同期だった。
2人は大学時代からコントを演じており、演劇にも関心を持っていた。
その後、劇団テアトル・エコーの養成所に進み、役者としての経験を積んでいく。
そこに加わったのがラサール石井だ。
ラサール石井は2人より養成所で1期先輩にあたり、お笑いへの強い関心から、自分も一緒にコントをやりたいと参加を希望した。
こうして3人での活動が始まった。
結成時期については資料によって1977年、1978年、1979年と表記に違いがある。
小田原市の公式紹介では1978年結成、テレビ朝日POSTの人物紹介では1979年結成とされている。一方、チケットぴあのグループ紹介では1977年10月から活動を開始した経緯が記載されている。
活動開始、プロとしての活動、グループ結成をどの時点で区切るかによる違いがあるため、1970年代後半に誕生したトリオとして理解するとよい。
ストリップ劇場での修業が芸を鍛えたコント赤信号の初期を語るうえで欠かせないのが、渋谷道頓堀劇場での経験だ。
3人はコメディアンの杉兵助のもとで修業し、ストリップ劇場の幕間にコントを披露した。
当時の小宮たちは、観客がコントを見に来ているわけではない環境で笑いを取らなければならなかった。
テレビ朝日POSTのインタビューによると、小宮は舞台の下働きや掃除なども経験しながら、観客の反応を見て笑いの間や表現方法を学んでいった。
師匠から教わったのは、理屈だけでなく、身体を使った分かりやすい笑いの大切さだった。
この経験が、後のコント赤信号の芸風に影響を与えた。
特に、暴走族を題材にしたコントは重要な転機となった。
渡辺が書いた台本を3人で練り上げ、従来の演目とは違うスタイルに挑戦したことで、テレビ出演につながる評価を得ていく。
1980年前後には『花王名人劇場』への出演を果たし、テレビでの知名度を高めた。
1980年代に人気を獲得した理由1980年代は漫才ブームを背景に、お笑い番組が大きく盛り上がった時代だ。
コント赤信号もその流れの中で存在感を高めていった。
1982年には『笑ってる場合ですよ!』や『オレたちひょうきん族』などのバラエティー番組に出演。『パリンコ学園No.1』などでも活動した。
小宮のインタビューでは、コント「ササニシキ」が『笑ってる場合ですよ!』で大きな反響を得たエピソードも紹介されている。
加えて、小宮個人としてはMCハマーのパロディーである「MCコミヤ」も人気を集めた。
当時のテレビバラエティーは、芸人のキャラクターや身体表現を生かした企画が強く支持されていた。コント赤信号は、3人の個性を組み合わせたコントだけでなく、個人としても視聴者に認知されていったのである。
【人物・活動相関表】コント赤信号のメンバーと小宮孝泰の関係
小宮孝泰の活動を理解するには、コント赤信号と、その後の演劇活動を区別することが大切だ。
特に「星屑の会」はコント赤信号とは別の演劇ユニットである。小宮とラサール石井が共通して参加しているため混同されやすい。
| 人物・団体 | 小宮孝泰との関係 | 主な活動・特徴 |
|---|---|---|
| 渡辺正行 | コント赤信号のメンバー | 明治大学の同期。グループのリーダー |
| ラサール石井 | コント赤信号のメンバー | テアトル・エコー養成所での出会い |
| コント赤信号 | お笑いトリオ | 1970年代後半に活動開始。80年代にテレビで人気 |
| 水谷龍二 | 演劇活動の重要な関係者 | 星屑の会の作・演出 |
| 星屑の会 | 演劇ユニット | 1994年に結成された舞台活動の拠点 |
| ごらく亭 | 小宮が主催する落語会 | 役者による落語・落語コントを披露 |
| MCコミヤ | 小宮個人のパロディーキャラクター | MCハマーを題材にしたバラエティー企画 |
出典:テレビ朝日POST、よろず〜ニュース、星屑の会公式公演情報。
この関係から分かるのは、小宮の活動が単純にコント赤信号の延長線上だけで説明できないことだ。
お笑いの仲間との関係を保ちながら、演劇では別の制作体制を築き、落語では自身が企画・主催する場を持っている。
コント赤信号と星屑の会は別の団体ここは間違えやすいポイントだ。
コント赤信号は渡辺正行、小宮孝泰、ラサール石井によるコントグループ。
一方、星屑の会は、作・演出家の水谷龍二と小宮孝泰、ラサール石井らが中心となり、1994年に結成した演劇ユニットである。
同じ人物が参加していても、活動目的や作品の性格は異なる。
コント赤信号がテレビや舞台で笑いを届けるコントグループであるのに対し、星屑の会は中高年の不器用な人生や人間関係を描く演劇活動を展開してきた。
【俳優活動】30代から舞台へ!星屑の町と英語劇への挑戦
小宮孝泰のキャリアにおける大きな転換点は、30代から俳優業に軸足を移したことだ。
テレビ朝日POSTのインタビューでは、バラエティー番組のひな壇で芸人として振る舞うよりも、自分で作り込んだネタや芝居を披露することに関心があったと語られている。
テレビ出演が増えた後も、俳優としての仕事を重視する姿勢を持ち続けた。
1994年に始まった星屑の会1994年、小宮とラサール石井、作・演出の水谷龍二らが「星屑の会」を結成した。
同世代の俳優が自分たちの世代を演じ、同じ世代の観客が笑って、時には涙を流せる作品を作ることが出発点だった。
その代表作が『星屑の町』シリーズである。
地方巡業を続ける売れないムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」を中心に、夢を諦めきれない男たちの人生を描いてきた。
シリーズは複数の作品を生み、2016年には『星屑の町~完結篇』で一度幕を下ろした。その後、2019年に再演され、2026年には新作『忘却篇』へとつながった。
ロンドン演劇留学で広がった表現の幅小宮の俳優活動を語るうえで、2004年のロンドン演劇留学も重要だ。
小宮は文化庁の第1回文化交流使に任命され、2004年1月から5月までロンドンに滞在した。
現地では日本文化を紹介する活動に取り組み、英語に翻訳した落語や英語の一人芝居にも挑戦した。
単に海外で演技を学ぶだけでなく、日本の話芸を異文化の観客に伝える経験を積んだことは、その後の落語活動にもつながっている。
また、映画やドラマでは、舞台とは異なる表現力を生かして幅広い役柄を演じてきた。
コントで培った間の取り方、舞台で身につけた人物表現、落語で磨いた語りの技術。それぞれが小宮の俳優としての個性を形成している。
【落語活動】小宮孝泰が主催する「ごらく亭」と役者ならではの話芸
小宮孝泰は俳優として活動する一方、落語にも力を注いでいる。
その中心となるのが、役者による落語会「ごらく亭」だ。
ごらく亭とは何か?ごらく亭は、小宮がプロデュースする役者の落語会である。
一般的な落語会とは異なり、俳優や芸能人が高座に上がり、古典落語や新作落語、落語を題材にしたコントなどを披露する。
よろず〜ニュースの2022年の取材記事によると、小宮は2011年から「ごらく亭の夏休み」と題した落語会を開催しており、2022年には第13回を迎えていた。
出演者には、松尾貴史、山口良一、松永玲子など、落語や演劇に関わる人物が参加してきた。
加えて、坂崎幸之助や春風亭昇太らが関係する公演も実施されている。
落語家と俳優の落語はどう違う?小宮が取り組む役者の落語には、演技経験を生かした特徴がある。
本職の落語家は、語りを中心に登場人物を表現し、観客の反応に合わせて演目を柔軟に展開する。
一方、役者による落語では、人物ごとの声や動き、表情などを演技的に作り込むことも許容される。
小宮自身も、役者の落語と本職の落語家の違いについて、春風亭昇太の例えを紹介しながら説明している。
役者の落語は、一つの演目を舞台作品のように丁寧に作り上げる魅力がある。
小宮の得意な演目には「元犬」「悋気の独楽」「寝床」などがあり、古典落語だけでなく新作にも取り組んできた。
また、2004年のロンドン留学で英語による落語を披露した経験も、話芸への理解を深めるきっかけになった。
なお、「ごらく亭」という名称は、亡き妻が名付けたものだと小宮自身が取材で明かしている。落語会を長く続けてきた背景には、個人的な思いも込められている。
単に趣味として落語を演じているのではなく、自分の演劇経験を生かして、新しい形の話芸を届けようとしている点が特徴だ。
【2026年最新】星屑の町~忘却篇で小宮孝泰が演じる役と全国公演
2026年の小宮孝泰を語るうえで、最も注目したいのが『星屑の町~忘却篇』だ。
1994年から続くシリーズの新作であり、長年作品を支えてきた俳優たちによる集大成的な公演として位置づけられている。
小宮孝泰が演じるのは山田修小宮が演じるのは、ムード歌謡コーラスグループ「ハローナイツ」のリーダー、山田修だ。
2026年版の物語では、山田修がロマンス詐欺によって150万円を失い、落ち込んでいるところから物語が動き出す。
弟の英二が兄を励ますために古希祝いを企画。大阪で開かれた祝いの席に、ハローナイツの再結成話が持ち上がる。
しかし、メンバーそれぞれに事情があり、簡単には話がまとまらない。
大阪ミナミのカラオケ居酒屋を舞台に、夢を諦めきれない男たちの人生が描かれる。
ここで注意したいのは、150万円のロマンス詐欺は劇中の山田修に起きる出来事であり、小宮本人の被害を示すものではないという点だ。
2026年の出演者と見どころ作・演出は水谷龍二。
主な出演者は次のとおり。
- 大平サブロー
- 小宮孝泰
- 渡辺哲
- でんでん
- 有薗芳記
- 菅原大吉
- 新納多朗
- 朝倉伸二
- 江端英久
- 星野園美
- 蔵下穂波
- 戸田恵子
- 竹内都子
- 春風亭昇太
公式の人物紹介では、小宮が演じる山田修は、個性的なメンバーに振り回されながらも仲間をまとめる、音楽を愛するリーダーとして紹介されている。
また、ラサール石井については、市村敏樹役として人物紹介に掲載されている。ただし、同ページには「登場方法は未定」との注記がある。通常の出演者一覧とは記載が異なるため、コント赤信号の3人がそろう再結成公演と理解するのは正確ではない。
2026年11月以降の公演スケジュール2026年11月2日時点で確認できる主な公演日程は以下のとおり。
| 日程 | 会場 | 状況 |
|---|---|---|
| 10月3日・4日 | 東京・シアター1010 | プレビュー公演終了 |
| 10月10日・11日 | 大阪・新歌舞伎座 | 公演終了 |
| 10月25日 | 宮城・名取市文化会館 | 公演終了 |
| 11月1日 | 岩手・盛岡劇場 | 公演終了 |
| 11月3日 | 岩手・一関文化センター | 公演予定 |
| 11月8日 | 北海道・苫小牧市民文化ホール | 公演予定 |
| 11月9日 | 北海道・カナモトホール | 公演予定 |
| 11月10日 | 北海道・あさひサンライズホール | 公演予定 |
| 11月12日 | 北海道・池田町田園ホール | 公演予定 |
| 2027年2月20日~28日 | 東京・本多劇場 | 凱旋公演決定 |
出典:星屑の町公式公演サイト、北海道文化放送、ぴあエンタメ情報。
東京のプレビュー公演は10月3日・4日に開催され、一般料金は7,700円、U25料金は3,300円だった。
その後、大阪、宮城、岩手、北海道へと巡演する。
さらに2026年10月6日には、2027年2月20日から28日まで東京・本多劇場で凱旋公演を行うことが公式発表された。
なぜ2026年の公演が特別なのか?『星屑の町』シリーズは1994年に初演され、2016年の『完結篇』で一度終了した。
ところが、作品への愛着を持つメンバーが新作上演を希望し、作・演出の水谷龍二に再び作品を作るよう働きかけた。
その結果、2016年から10年後となる2026年に『忘却篇』が実現した。
長年同じ作品に関わってきた俳優たちが、年齢を重ねた現在の自分たちと重ね合わせながら演じる点に、この舞台ならではの意味がある。
単なる懐かしのシリーズ復活ではない。人生の後半に差しかかった人間の夢、後悔、仲間との関係を描く作品として、これまでのシリーズを締めくくる舞台となっている。
【よくある質問】コント赤信号の小宮孝泰に関するFAQ
Q1:コント赤信号の小宮孝泰は現在何歳ですか?
A1:1956年3月11日生まれです。2026年11月現在、70歳です。現在も俳優や舞台を中心に活動しています。
Q2:コント赤信号のメンバーは誰ですか?
A2:渡辺正行、ラサール石井、小宮孝泰の3人です。渡辺がリーダーを務め、1970年代後半からコント活動を始めました。
Q3:小宮孝泰はなぜ俳優に転身したのですか?
A3:もともと演劇志向が強く、テレビバラエティーのひな壇で活躍するより、自分のネタや芝居を披露することに関心を持っていたためです。30代から俳優業に軸足を移しました。
Q4:MCコミヤとは何ですか?
A4:小宮孝泰が演じた、MCハマーのパロディーキャラクターです。コント赤信号としての活動とは別に、バラエティー番組で人気を集めました。
Q5:小宮孝泰の「ごらく亭」とは何ですか?
A5:小宮が主催する役者の落語会です。古典落語や新作落語、落語コントなどを披露します。2011年から夏の公演を続けてきた実績があります。
Q6:2026年の『星屑の町~忘却篇』で小宮孝泰は何役ですか?
A6:ムード歌謡コーラスグループ「ハローナイツ」のリーダー、山田修役です。ロマンス詐欺に遭った人物を演じ、仲間たちとの再結成をめぐる物語の中心となります。
Q7:コント赤信号は現在も3人で活動していますか?
A7:3人はコント赤信号のメンバーとして知られていますが、現在の小宮の活動は俳優・舞台・落語が中心です。2026年の『星屑の町~忘却篇』は、コント赤信号の再結成公演ではなく、別の演劇ユニット「星屑の会」の作品です。
コント赤信号の小宮孝泰は、1980年代のお笑いブームを経験した芸人であり、現在も舞台を中心に活動する俳優であり、落語を大切にする演者でもある。
渡辺正行、ラサール石井とのコント活動は、彼のキャリアの出発点だった。
ストリップ劇場での修業、テレビ番組での成功、「MCコミヤ」としての活躍を経て、30代からは俳優業に重点を移した。加えて、2004年のロンドン演劇留学を経験し、落語や英語劇にも活動の幅を広げてきた。
そして2026年、1994年から続く『星屑の町』シリーズの新作『忘却篇』に出演している。
ここで注目したいのは、小宮のキャリアが一つの肩書きに収まらないことだ。
コントで身につけた笑いの間、俳優として培った人物表現、落語で磨いた語りの技術。それらを別々の活動として終わらせず、互いに生かしてきたことが、長く舞台に立ち続ける理由の一つと考えられる。
2026年11月の全国公演に続き、2027年2月には本多劇場での凱旋公演も控えている。
小宮孝泰を知るうえでは、かつてのコント赤信号の姿だけでなく、現在の舞台や落語にも目を向けたい。お笑い芸人として始まったキャリアが、70歳を迎えた今も新しい表現へとつながっている点こそ、彼の芸能人生の大きな魅力である。